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インドECは新フェーズへ | ONDCが拓く国家データ連動型D2Cモデル

インド政府は2009年以降、Aadhaar(国民ID)、UPI(統一決済インフラ)、DigiLockerなどを順次整備し、世界でも類を見ない規模のデジタル公共インフラ(DPI: Digital Public Infrastructure)を構築してきました。その最新レイヤーとして2022年に立ち上げられたのが、Eコマースをオープンプロトコル化する仕組み「ONDC(Open Network for Digital Commerce)」です。

本記事では、ONDC・UPI・WhatsApp Businessを組み合わせた新しいD2C(Direct to Consumer)モデルの構造、Amazon型マーケットプレイスとの違い、そして日本企業がこの仕組みにどう参画できるかを整理します。

図1 | ONDC × WhatsApp Business × UPI による新D2Cモデル構造

ONDCとは何か

ONDC(Open Network for Digital Commerce)は、インド商工省 産業国内貿易促進局(DPIIT)主導で設立された非営利法人が運営する、EC取引のためのオープンネットワークです。Amazonや Flipkartのような「単一のマーケットプレイス」ではなく、誰でも参加できる共通プロトコルの上に、買い手アプリ・売り手アプリ・物流アプリが個別に存在する分散型モデルが特徴です。

技術的にはオープンソースの Beckn Protocol に基づいており、検索(discovery)・注文(ordering)・決済(payment)・配送(fulfilment)の各機能が分離されています。つまり買い手はアプリAで商品を探し、売り手のアプリBに発注し、決済はUPI経由、配送は別の物流業者という構成が成立します。


Beckn Protocol:ONDCの土台になっているオープンソースの分散型コマースプロトコルです。Aadhaar(インド国民ID)の設計者として知られるNandan Nilekani、Pramod Varma、Sujith Nairの3名が開発し、現在は非営利団体 Networks for Humanity Foundation(旧Beckn Foundation)が維持しています。

コマースにおけるHTTP」と言われており、HTTPがブラウザとサーバー間の共通言語であるように、Beckn Protocolは異なるアプリ同士が、検索・発注・決済・配送について共通の文法で会話するための規格です。従来のECプラットフォームが1社で抱え込んでいた検索・注文・決済・配送・データ管理を機能ごとに分離(unbundling)し、買い手アプリ(BAP: Beckn Application Platform)と売り手アプリ(BPP: Beckn Provider Platform)がBeckn Gateway経由で相互運用される構造を実現します。

数字で見るONDC(2025〜2026年)

  • 登録セラー数 | 70万超(2026年4月時点)、リテール領域に限れば11.6万以上
  • カバー都市数 | 1,200都市超
  • 累計取引件数 | 1.5億件超
  • FY26取引件数 | 約2.18億件
  • 主要ネットワーク参加者 | Paytm、PhonePe、Magicpin、Zoho、Snapdeal、HDFC Bank、SBI など20以上の機関

UPIとは何か

UPI インド ペイメント

UPI(Unified Payments Interface)は、インド準備銀行(RBI)傘下のNPCI(National Payments Corporation of India)が運営する、銀行口座間のリアルタイム決済インフラです。2016年に運用開始され、現在ではインド国内リテール決済の約81%(取引件数ベース)を占める、文字通り「決済の高速道路」となっています。

特徴は、特定の事業者に依存しない相互運用性にあります。Google Pay、PhonePe、Paytm、BHIMといった異なるアプリ間でも、UPI IDひとつで送金・受取が成立します。手数料はP2P送金で無料、QR決済も実質ゼロコストで、6,500万を超えるマーチャントが利用しています。

2026年初頭時点で、UPIは月間210億件以上の取引を処理しており、UAE、シンガポール、ブータン、ネパール、スリランカ、フランス、モーリシャス、カタールなど8か国以上で利用可能となるなど、海外展開も進んでいます。

UPIとONDCの接続点

ONDCはあくまでEC取引のオープンプロトコルであり、決済層は別建てです。多くの買い手アプリ・売り手アプリは、デフォルトの決済手段としてUPIを採用しており、購入時の決済UXは「商品選択 → UPIピンの入力 → 即時完結」というほぼ摩擦ゼロの体験になります。

インドではWhatsAppがサプライチェーン全体に関わる

インドにおけるWhatsAppは、もはや単なるメッセージングアプリではありません。国内アクティブユーザー5億人以上を抱え、B2Cの問い合わせ、B2Bの受発注、家族・地域コミュニティ内の決済通知、配送ステータスのやり取りなど、商流のほぼすべての接点に組み込まれています。

WhatsApp Business APIによる商流の集約

WhatsApp Business APIを使うと、企業はチャットスレッド内で商品カタログ提示、見積、UPI決済、配送通知までを一気通貫で行えます。Meta は決済ゲートウェイ(Razorpay、PayU)との連携を進め、UPI Intentモード(ユーザーのデフォルトUPIアプリで決済)とPGディープ統合モード(WhatsApp内完結)の双方を提供しています。

ONDCとWhatsAppの公式連携

2023年12月、ONDCはMeta(WhatsApp、Google Maps)と公式提携を発表しました。Metaは50万のMSME(中小零細事業者)をWhatsApp経由でONDCに乗せることを目指しており、kirana(個人商店)が自前のECサイトを持たずに、WhatsAppのチャットウィンドウだけで全国に商品を販売できる構造が現実のものになりつつあります。

D2Cブランド側のメリット

  • 摩擦ゼロの購買導線 | 発見・問い合わせ・決済が同じアプリ内で完結し、カゴ落ち率が大幅に低下
  • インド消費者の信頼 | WhatsAppは最も信頼度の高い日常アプリであり、購入の心理的ハードルが低い
  • Bharat層への到達 | Tier 2・3都市の顧客はECサイトより先にWhatsAppを開く
  • 即時入金 | UPIは銀行口座間直結のため、Eコマースプラットフォーム特有のT+3日入金待ちが発生しない

なぜインドはこのモデルを推奨するのか

インド政府がONDCを国家プロジェクトとして推進する理由は、単なるDX(デジタル変革)ではありません。背景には、明確な国家戦略があります。

1. プラットフォーム独占の打破

インドのEC市場は事実上、Amazon と Flipkart(Walmart傘下)の2社による寡占状態でした。商工大臣 Piyush Goyal 氏はスタンフォード大学での講演で「インドは数社の兆ドル企業ではなく、複数のユニコーンを育てたい」と明言しており、ONDCはこの政策意思の具体化です。

2. MSMEとkiranaのデジタル包摂

インドには約1,200万のkirana(街角の個人商店)があり、ONDCの目標のひとつは「物理店舗の80%をオンラインに乗せる」ことです。プラットフォーム手数料30%超の世界では生き残れない零細事業者でも、ONDCの低コスト構造であればデジタル流通に参加できます。

3. デジタル公共財という思想

インドはUPI、Aadhaar、DigiLockerなどを「デジタル公共財(DPI)」として設計してきました。一企業の閉じたプラットフォームではなく、共通プロトコルの上に民間が自由に競争する仕組みを国家インフラと位置付けています。IMFはこのDPI投資について「1ドルの投資が3.2〜4.0ドルの経済効果を生む」と評価しています。

4. 国際展開と外交ツール化

2026年2月時点で、インドは24か国とDPI協力のMoUを締結しており、UPIは8か国で実運用されています。ONDCもこの「インド発・グローバル標準」のひとつとして輸出されつつあります。

Amazonなどのマーケットプレイスと何が異なるのか

従来のECプラットフォームとONDCの本質的な違いは、「閉じた庭(walled garden)」か「開かれたネットワーク」かという点にあります。

観点 Amazon・Flipkart型(プラットフォーム型) ONDC型(オープンネットワーク型)
構造 買い手・売り手・決済・物流のすべてを単一の企業が囲い込む 検索・発注・決済・配送の各機能が分離され、それぞれ別の事業者が担う
コスト 手数料は売価の20〜30%、加えて広告費が事実上必須 プラットフォーム手数料は大幅に低く、参加者は機能ごとに最適な相手を選べる
データ 顧客データはプラットフォーム側に帰属 買い手アプリと売り手アプリは別でよく、相互運用される
ブランド体験 「Amazonの中の一店舗」になり、独自世界観の構築が困難 セラーの独立性が高く、独自ブランドのナラティブを維持しやすい

ONDCはインドにおけるEコマースを、Eメールやインターネットのような共通インフラにしようという国上げての取り組みです。

ONDCに出店しているブランド

ONDCには既に多様な企業が参加しています。代表例は以下の通りです。

F&B(食品・飲料)

Wow Momo、McDonald’s、Domino’s Pizza などの大手チェーンが食品デリバリーカテゴリで参加。

モビリティ(配車・公共交通)

Bengaluru発のオートリキシャ配車サービス Namma Yatri、Ola、Kochi Open Mobility Network が出展。ONDCにとって最大の取引カテゴリのひとつ。Kochi Metro はGoogle Maps経由でのチケット購入をONDC上で実装。

スタートアップ・ユニコーン

Zerodha(証券)、PolicyBazaar(保険)、Physics Wallah(EdTech)などのユニコーン企業がそれぞれの領域でONDC連携を進めています。

テクノロジー・銀行

Zoho(2026年に7億ルピーを出資)、HDFC Bank、SBI、Axis Bank、IDFC First Bank、Paytm、PhonePe など、金融・テクノロジー基盤を担う主要プレイヤーがネットワーク参加。

インドD2C市場の規模感

インドD2C市場は2023年の170億ドルから2027年には610億ドルへ、年平均成長率(CAGR)38%で拡大すると予測されています。600以上のD2Cブランドが既に存在し、その多くがONDCを「Amazonと並列の流通チャネル」として組み込み始めています。

日本企業はこれにどう参画できるか

ONDC・UPI・WhatsAppの三層構造は、これまでインド市場参入のボトルネックだった「自社EC構築コスト」「物流網の確保」「決済インフラの整備」を大きく圧縮します。ただし日本企業の場合、ONDC参画の可否そのものより、その背景にあるFDI(外国直接投資)政策が実質的な制約条件になります。まず自社の業態を整理し、そのうえで具体的な参画パスを検討する流れになります

前提条件|FDIによる制約条件。 輸入・OEM・組立・現地製造の4ケース

インドのFDI政策では、外資が入った企業によるB2C在庫保有型EC(自社で在庫を持ちオンラインで直販するモデル)は原則禁止です。例外的に許される条件が業態ごとに異なるため、日本企業はまず自社の生産・調達構造を踏まえてどのケースに該当するかを確認する必要があります。物販系D2Cブランドが取り得る主な4ケースを整理します。

業態 FDI政策上の分類・要件 ONDC実装上のポイント
輸入モデル(純輸入販売) Single Brand Retail Trading(SBRT)に該当。100%FDI自動承認可。FDIが51%超の場合、調達額の30%をインド国内から確保する義務(5年間で段階達成)。 SNP経由でONDC出店可。ただしオンライン専業の場合、開始後2年以内に実店舗開設が必須(brick-and-mortar義務)。「State-of-art・cutting-edge」認定で最長5年まで猶予可。IEC、BIS / FSSAI等の製品認証が前提。
OEM委託モデル SBRT扱い。インドOEMからの調達は「30%国内調達」要件に算入可能なため、純輸入モデルより規制面で有利。 SNP経由でONDC出店可。ブランドオーナー契約整備、品質管理体制、知財保護(NDA・商標登録)が成功要件。在庫リスクと初期投資が抑えられ、市場検証フェーズに最適。
自社組立モデル(SKD / CKD輸入) SBRT+部品輸入。組立工程の存在によりローカル付加価値を計上でき、30%国内調達要件への寄与度が高い。 SNP経由でONDC出店可。部品関税が完成品より低い品目あり(HSコード要確認)。PLI(生産連動インセンティブ)対象品目では支援金獲得の可能性あり。
自社製造モデル(現地生産) Indian Manufacturer(国内製造比率70%以上+委託30%以内)に該当すれば、FDI規制上もっとも柔軟。B2C ECに直販可能。 SNP経由の出店だけでなく、自社EC・直販モデルとの併用が可能。Make in India、PLI、SEZ等の優遇措置を享受できる。初期投資は最大、回収期間は長期。

業態を問わず、ONDC出店の共通前提として、インド法人(子会社・LLP・ブランチ)、GST登録、インド銀行口座、IEC(輸入を伴う場合)、PAN / TAN登録が必要です。さらに製品カテゴリーごとに、BIS(電子機器・玩具)、FSSAI(食品・サプリ)、CDSCO(化粧品・医薬品)、AYUSHライセンス(漢方・伝統医学関連)などの認証要件が別途存在します。

実務上の推奨は段階的アプローチです。多くの日本企業にとって現実的な進め方は、輸入モデルまたはOEMモデルで「インド市場で何が、どの価格帯で、どの州で売れるか」かを検証し、実需が見えてから自社組立や現地製造へ段階移行するケースもあります。

日系企業がONDCへ参画することは可能なのか

こういった前提条件を踏まえた上で、日本企業がONDCへ参画するにはどういった方法が考えられるか整理していきます。

1. 既存セラーアプリ経由で出店する(最短)

自社で買い手・売り手アプリを開発する必要はありません。Paytm、PhonePe、Magicpin、eSamudaay、GoFrugal、SellerAppなどの売り手側プラットフォーム(SNP: Seller Network Participant)に登録すれば、ONDCネットワーク全体に商品が露出されます。前項の業態整理を踏まえてインド法人とSBRT登録(または製造業者登録)が完了している企業であれば、化粧品・健康食品・日用品・食品・アパレルなど物販系D2Cブランドの試験投入に最も短い参入ルートです。

2. WhatsApp Business APIで会話型コマースを設計する

インド消費者の生活動線上に直接ブランドを置く方法。Razorpay・PayU・Wati・Interakt・AiSensy などのBSP(Business Solution Provider)を経由してAPIを導入し、商品カタログ、自動応答チャットボット、UPI決済までを設計します。日本企業の場合、現地代理店任せにせず、初期からブランドトーン・チャット応答の文体設計に関与することが、ナラティブの一貫性確保に直結します。

3. UPIを決済基盤として組み込む

ECサイトを構えるか否かに関わらず、インド向けのあらゆる課金フローでUPIを第一決済手段に据えるべきです。クレジットカード手数料(2〜3%)が不要、即時着金、リコンサイル(消込)用の電子証跡が自動で残る、というメリットは、日本本社の経理・コンプライアンス部門にとっても評価軸となります。

4. 中長期的に独自の買い手アプリ・売り手アプリを開発

Beckn Protocol準拠のアプリを自社開発し、ONDCネットワーク参加者として認定を受ける選択肢もあります。ただし開発・運用負荷は大きく、初期は既存アプリ経由での出店から始め、ボリュームが見えてきた段階で検討するのが現実的です。

検討時のチェックポイント

項目 確認内容
インド法人
(現地法人または支店)の有無
ONDC出店およびUPI決済の受領には、現地法人と現地銀行口座が必要
GST(物品サービス税)登録の完了 ONDC出店の前提要件。州ごとの登録要否を要確認
製品カテゴリのONDCカバレッジ グロサリー・F&B・ファッション・ホーム&キッチンは成熟。専門領域はカテゴリ対応状況の事前確認が必要
ブランドのデジタル資産の現地言語化 商品画像・製品説明・ブランドストーリーの翻訳。ヒンディー語に加え、ターゲット地域言語(タミル、テルグ、マラーティーなど)の対応を検討
カスタマーサポート体制 WhatsApp応答は事実上24時間化が必要。AIチャットボットと有人対応のハイブリッド設計が現実的

まとめ | プラットフォームを「使う」から、インフラに「参加する」へ

ONDC・UPI・WhatsAppの三層構造は、インドが世界に先駆けて実装しつつある「Eコマースの公共インフラ化」です。Amazonに代表されるプラットフォーム経済の論理が世界を覆っていた中で、インドはあえて逆方向に舵を切り、誰もが参加できるオープンプロトコルの上に競争を生み出すモデルを選びました。

日本企業にとっての示唆は2つあります。第一に、インド市場参入の初期コストとリスクは、この国家インフラを活用することで著しく下がっています。第二に、このモデルは今後インドに留まらず、24か国とのMoUを通じてアジア・アフリカに展開していきます。インドで身につけた「プロトコル前提」の事業設計は、新興国全体への横展開資産になり得ます。

単に新興国市場のひとつとしてではなく、デジタル公共財という新しいビジネス設計思想の実験場として、インドを捉え直すべきタイミングです。

著者

STORYTELLING Co-Founder兼CSO(Chief Storytelling Officer)。国際的なローカライゼーションの分野で15年以上、デジタルコミュニケーションの分野12年以上の経験を積み、日本ブランドと海外市場をつなぐことに従事。現在は、インド・中東チームの多国籍チームとともに、日系企業の現地進出をデジタルブランディング&マーケティングを起点に支援する。

参照元記事一覧

本記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しています。(参照日: 2026年5月14日)

ONDC・インドDPI(政府・公式機関)

ONDCの仕組み・解説

最新動向・統計

WhatsApp Business・UPI連携

国際的視点・外資企業の市場参入