ボリウッドをはじめ映画大国として知られるインドでは、メディア&エンタメ(M&E)市場は2024年にINR2.5兆(約4.2兆円)を超え、昨年比3.3%の成長を遂げています。
注目すべきはインド人口の約65%が25歳以下、さらに個人消費の約43%をZ世代が占めるという極めて若年層主導の市場構造です。この結果、特に若年層に多くのファンを持つアニメ・ゲームなどから生まれるIP(Intellectual Property: 知的財産)は、アパレルや食品、デジタルサービスなど、あらゆる産業における企業とのIPコラボレーションが増えています。
IPコラボが「一部のコアファン向け施策」から、新たな消費者層の認知獲得・購買意欲の喚起といった売上拡大に直結する実践的なコラボレーションツールへと変化していると言えるでしょう。
本稿では、急成長を裏付ける定量データとともに、デジタル大国であるインド市場の特性・リアルと、現地でのIPコラボ事例をご紹介します。
インドのメディア&エンタメ市場:定量データで見る急成長
PwC調査[1] によるとインドのM&E(Media & Entertainment)市場は2024–2029年のCAGR 7.8%で成長し、世界平均(4.2%)のほぼ2倍のスピードを記録しています。
中国(約5.0–5.5%)や東南アジア(約5.5–6.0%)といったアジア諸国やブラジル・アフリカを上回り、世界で最も速い成長市場の一つです。
インド市場のIP急成長の要因
その急成長には、世界最大の若年層人口・デジタル普及・デジタル広告の急成長・IPコラボイベントや体験の拡大といった様々な要素が挙げられます。デジタルで醸成された熱狂がリアルな商品・体験に繋がるエコシステムが確立されつつある点からも、市場の成長が見受けられます。
① 巨大な若年層とデジタル浸透
インド市場の原動力は、人口の約30%(約4億人以上)を占める18〜35歳の若年層です。安価なスマートフォンと極めて低価格なデータ通信の普及により、2025年時点でインドの1人あたり月間モバイルデータ使用量は30〜36GBと推定され[2]、日本の約12.5GB[3]と比較するとその差は明らかであり、世界でもトップクラスとされています。
これがYouTubeやSNS、ゲーム、そしてOTT(Netflixのような動画配信)といったデジタルコンテンツ消費を加速させ、日本アニメのようなデジタルと親和性の高いIPが爆発的に広がる土壌を形成していると考えられます。
② デジタル広告の爆発的成長
2024年から2029年にかけて、インドのインターネット広告市場は市場全体の2倍以上のスピードで拡大すると予測されています。(年平均成長率CAGRは15.9%)企業による広告投資の主戦場はYouTubeやショート動画、SNSへとシフトし、デジタル投資の加速もIPビジネスの収益化を強力にバックアップしていると考えられます。
③ OTT・ゲーム・イベントの共成長
インドOTT市場は2024年の22.77億ドル(約3,416億円)から2029年には34.79億ドル(約5,219億円)へと急成長しているとされています[1]。サブスクリプション+広告のハイブリッドモデルが価格に敏感なインド市場で定着し始め、2025年時点でOTT視聴者数は約6億人、人口の約4割にも上ります[4]。
モバイルゲームが中心のゲーム市場全体も、2024年から2029年までの期間で年率で約7%の成長が見込まれており、アプリ内購入(IAP)と広告収入が伸長する中でeスポーツのプロリーグやスポンサーシップ、リアルイベントによる収益化が進んでいます[1]。
④ インドのライセンス市場の拡大
Licensing International の2025年調査[5]では、インドはスポーツやファッションブランドを含む全体ライセンス市場(IPライセンスの取引規模:ロイヤリティ/契約ベース、BtoB)において世界トップ25市場に位置づけられ、南アジア地域の前年比6.8%成長を牽引する存在です。ライセンス市場全体の中でもエンターテインメント・キャラクターIPは約32%を占め、約4億米ドル(約600億円)規模の主要セグメントと言えるでしょう[6]。
キャラクター商品市場(IP商品の売上規模:小売売上、BtoC)においても、2030年までに年平均成長率9.7%超で拡大し、世界トップ10市場入りが予想されています[7]。
ショッピングモールの大手チェーンや主要ECサイトにおいて、キャラクターグッズやブランドIPを活用したライセンス商品の取り扱いが拡大しているほか、新しいキャラクターIPの継続的な登場や大人世代へのファン層拡大を背景に、この分野は今後も高い成長が期待されています。
⑤ アニメ人気が後押し:米国に次ぐ成長市場に
アニメ配信大手のCrunchyrollは、インドを米国に次ぐ世界最重要の成長市場と位置づけ、作品数の拡充やヒンディー語・タミル語・テルグ語などのローカル言語での吹き替えを積極的に進めています。
Z世代・ミレニアル世代は、アニメやキャラクターコンテンツのオンライン動画視聴時間が他世代に比べて長いことも示されており[8]、アニメ人気の急上昇は単なるブームを超えていると考えられるでしょう。
2025年9月に公開された劇場版『鬼滅の刃 無限城編』は、ボリウッド大作に匹敵する700スクリーン超で大規模公開されました。インド最大級の映画評価アプリ「BookMyShow」では、一般的なインド映画の平均数をも上回る15万件超の投票と「9.5」という高評価を記録しており、日本アニメが名実ともにインドのメインストリームへと進化したことを象徴する出来事となりました。
インドブランドと国外IPのコラボ事例
IPコラボ商品というと、「キャラクターグッズ(物販)」ではなく、「一般消費財にキャラクターIPがあしらわれた商品」を想像されると思います。日本では飲食店や金融商品、美容、レジャー施設など、IPコラボは幅広い分野に広がっています。
一方、インドでは、「MINISO India」や「Myntra」、「Flipkart」といった、イセンシー企業(IP専門メーカー)的な側面を持つ小売・ECプラットフォームでのコラボレーションが中心となっている印象です。そこに加えて、一般企業との中長期・短期のコラボレーションも徐々に増えてきている状況です。
こうした動きを後押ししている存在の一つが、2023年にCrunchyrollとの提携を発表したBlack White Orange (BWO)です。BWOはインドの新興大手ライセンシング/マーチャンダイジング代理店であり、Netflix作品や日本アニメなど大型IPを多く展開しています。
さらに、ディズニーとの直接提携も発表している「MINISO India」はインド国内で200店舗以上を展開しており、都心部のショッピングモールでお店を構えています。ファン向けの“物販”にとどまらず、日常消費の場面でもより広く購入される状況になりつつあります。
IPコラボの目的と種類
「マス層の購買意欲を動かす購買トリガー」としてIPを活用する場合、大きく2つのタイプに分類できます。
① 収益増加やブランド認知拡大を目的としたコラボレーション
② IPローンチと連動した短期プロモーションコラボレーション
インドでは②の事例が多く見られ、SNSでの話題性やショッピングモールでのポップアップが起爆剤になることが多いです。日本に比べてスピード感が重視され、価格に敏感な性質に合わせた「限定」「数量限定」といった訴求を組み込んだ短期プロモーション型が好まれていることが伺えます。
ここからは、インドで人気のグローバルIPコラボ事例を紹介します。
インドブランド✖️日本IPコラボ事例
①ポケモン(Pokémon)
ポケモンはテレビやYouTube+OTT+ゲームを含めた総合的なファン・視聴者規模が累計で1億人規模に達していると見られるトップIPブランドと言えます。デリー首都圏での初の公式イベント開催(2023年)をはじめ、大型モールでのポップアップ展開、アパレル・文具・食品・学用品などへのライセンス拡大が活発化しています。
インド全土で期間限定発売された「ポケモン・オレオ」商品コラボ (2025)
インド工科大学で開催された「Techfest 2025」での特別イベント(2025)
② クレヨンしんちゃん(Crayon Shin-chan)
インドで長年にわたり地上波で放送され続けているため、最も認知度の高い日本IPの一つです。 2025年公開の映画は現地語吹替版で劇場公開され、39万人超の観客を動員。アパレルやスナック・食品、日用品までコラボレーションが拡大しています。
インドの飲料ブランド「B Natural」子供向け小容量パック商品コラボ (2025)
インドのスポーツ栄養ブランド「Scitron」パッケージコラボ(2025)
③ナルト(NARUTO)
2000年代後半から、インドの主要子供向けチャンネルにおいて複数言語で放送されており、2025年の調査(FNN等)ではインドの16–39歳のアニメ視聴者において、トップ3に入る人気作品となっています。上記の他IPに比べファッション領域を中心にライセンシング展開が見受けられます。
インドのスーツケースブランド「mokobara」商品コラボ (2025)
④ハンター×ハンター(HUNTER×HUNTER)
2025年より地上波放送が開始され人気が拡大しており、グローバルアパレルブランドとのコラボではコスプレイヤーの招聘やファンイベントを組み合わせたイベントを実施しています。
グローバルアパレルブランドの「Celio」商品コラボ / 店頭コスプレイベント (2025)
⑤ハローキティ(Hello Kitty)
商品起点で展開されているIPの代表例として、インドでは若年女性を中心に支持を集めています。2025年には、ファッションや化粧品でのコラボに合わせて店頭でのリアルイベントも実施されファッション性の高いコンテンツとして話題を集めていました。
インドのファッションブランド「péro(ペロ)」商品コラボ / POP UPイベント(2025)
インドブランド✖️海外IPコラボ事例
海外IP事例としては、Disney / Marvel、NetflixオリジナルシリーズのIPコラボが多く行われています。グローバルでの高い認知度を背景に、若年層をターゲットにしたアパレルや雑貨、FMCGなど幅広いカテゴリでライセンシング展開が進められています。作品公開やシリーズ配信のタイミングに合わせた商品投入やプロモーション施策が多く見られます。
① Netflix
Stranger things:インドのアイウェアブランドブランド「John Jacobs」商品コラボ(2025)
Stranger things:インドのバッグブランド「JUrban Jungle」商品コラボ(2025)
イカゲーム:インドのファッションブランド「Azorte(アゾルテ)」限定コレクション(2025)
イカゲーム:インドのデリバリープラットフォームSwiggyアプリコラボ / イベント(2025)
②Disney / MARVEL
Zootopia: 都心部ショッピングモール内「MINISO India」ポップアップストア(2025)
Marvelシリーズ: ボリウッドの大スターが手がけるインド発ブランド「Being Human」コラボ(2025)
Marvelシリーズ: インド最大の時計メーカー「Titan (Zoop/Fastrack)」コラボ
Marvelシリーズ: インドのスナックブランド「Too Yumm!」コラボ(2024)
IRON MAN: インドのヘルメット「Vega Auto Accessories」コラボ
IPコラボ事例から見るインドのカスタマージャーニー
インドではデジタル上で盛り上がりを生み出すだけでなく、SwiggyやBlinkitといったクイックコマース(即時デリバリーサービス)によって、「すぐに購入・体験できる」という実際の購買利便性と密接に結びついている点が、インドにおけるIPコラボの特徴です。
実際に、Swiggy Instamartとイカゲーム2のコラボでは「10分で届く限定グッズ」という施策では商品の世界観だけでなく、即時配送というインフラそのものを組み込み、消費者の熱狂をそのまま収益化へとつなげる仕組みとなっていました。
クイックコマースに限らず、上記のコラボ事例ではサービス内コラボやSNSキャンペーンによって関心を喚起するだけでなく、デジタル上で高まった熱量をポップアップやイベントといったリアル体験へと接続する流れが、より重要視されつつあります。
インド特有の酷暑という気候要因によりショッピングモールが家族連れや若者にとって快適な集いの場として機能していることも相まって、今後もコラボレーション施策としてデジタルとリアルの融合には大きな検討余地があると言えるでしょう。
まとめ:インドのライセンス市場、伸びしろと課題
根強い海賊版文化、熱量が収益に直結しにくい構造
今後の成長が期待されるインド市場ですが、大きな課題のひとつとして、非公式商品(海賊版)の根強い普及が挙げられます。価格の手頃さや入手のしやすさを理由に、ストリートマーケットやD2Cサイトで販売される非公式商品が依然として主要な受け皿となっているのが現状です。
これは公式による手頃な価格のアイテムがまだ市場に十分供給されていないことの裏返しでもあり、この潜在需要を公式ライセンス売上へと変換する余地が大きいとも言えるでしょう。
IPファンの間では、高品質な公式グッズへの需要が徐々に高まりつつあることが伺えます。単なるコラボ商品・キャンペーンの投入だけでなく、価格戦略の最適化や、非公式品との差別化を図るための公式ブランドとしての価値・体験の構築が、より重要となっていくと考えられます。
参照元:
[1] PwC「Global Entertainment & Media Outlook 2025–2029」https://www.pwc.com/gx/en/issues/business-model-reinvention/outlook/insights-and-perspectives.html
[2] Ericsson(2025)「Ericsson Mobility Report November 2025 edition」https://www.ericsson.com/en/reports-and-papers/mobility-report
IBEF(2025)「5G subscriptions in India likely to cross one billion mark by 2031, Ericsson Mobility Report」https://www.ibef.org/news/5g-subscriptions-in-india-likely-to-cross-one-billion-mark-by-2031-ericsson-mobility-report
[3] MM総研(2025)「携帯電話の月額利用料金とサービス利用実態」
https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=668
[4]Business Standard(2025/9)「India has now 600 million OTT users, CTV penetration sees 87% jump」
https://www.business-standard.com/industry/news/india-has-now-600-million-ott-users-ctv-penetration-sees-87-jump-125091601084_1.html
[5]Licensing International(2025)「2025 Global Licensing Industry Study(executive summary)」https://licensinginternational.org/news/licensing-internationals-2025-global-study-shows-licensing-industry-reached-369-6-billion/
[6]日本貿易振興機構(JETRO)(2022)「インドのコンテンツ産業市場調査」https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2022/15eff61e4e24372c/202210r2.pdf
[7]日本貿易振興機構(JETRO)(2025)「インドのキャラクター商品市場に関する調査」
https://www.jetro.go.jp/
[8]Times of India(2025)「The untapped market: Why India could be Anime’s next frontier」https://timesofindia.indiatimes.com/entertainment/anime/the-untapped-market-why-india-could-be-animes-next-frontier/articleshow/121218211.cms
共著
見上 すぐり
Storytelling LLP 創業者兼CEO
国際的なローカライゼーションの分野で13年以上、デジタルコミュニケーションの分野10年以上の経験を積み、日本ブランドと海外市場をつなぐことに従事。インド・中東チームの多国籍チームとともに、日系企業の海外進出を支援する。
Nanami Satoh
Storytelling LLP プロボノ
映画・コンテンツIPを中心にPR・デジタルコミュニケーションに携わる。日本発IPの海外展開や映画祭・イベントにおいてPRを軸に関わり、作品の認知向上を支援している。2025年よりインドへ移住し、STORYTELLINGにてプロボノとして活動する。