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2019年に弊社が設立した頃には、じわじわと米国を中心にマーケティングへ取り入れられてきていたストーリーテリング手法ですが、パンデミックによる消費者動向の変化やデジタルマーケティングを実施するブランドが乱立し競争性が高まる中、その効果の高さからインドにおいても、ストーリーテリングを活用したマーケティングがトレンドとなってきています。
特に、インドの文化は豊かで多様性に富んでおり、地元の伝統や祭り、価値観を反映したストーリーテリングは視聴者の共感を得やすく、多くのブランドがナラティブにインドのローカル要素を取り入れ、オーディエンスとより強い絆を築き、認知度拡大やコミュニティ育成をすることに注力しています。
ここでは、ストーリーテリングの基本から、ストーリーテリングマーケティングの具体的手法、インド事例をご紹介していきます。
「ストーリーテリング・マーケティング」とは、ブランドのメッセージや価値観、提供物をターゲット・オーディエンスに伝えるために、ストーリーテリングのテクニックやナラティブを活用するマーケティングのアプローチです。「ナラティブ・マーケティング」や「ブランド・ストーリーテリング」とも呼ばれます。
オーディエンスを惹きつけ、共鳴させ、感情的なレベルで結びつけるような説得力のあるストーリーを発信することによって、ブランドメッセージの認知拡大、エンゲージメントを高めるなど多くの効果が見込めると考えられています。
従来型の単に製品の特徴やベネフィットを強調するプッシュ型マーケティングと比べ、近年、ストーリーテリング・マーケティング手法に注目が集まる理由があります。それは、ブランドへの深い理解と感情的な結びつきを生み出す心理的・行動的変化と共に購買意欲をもたらすプル型マーケティングが、SNSに慣れ親しむ現代のオーディエンスのカスタマージャーニーには特に適した手法であるからです。
なぜ今、ストーリーテリングがトレンドなのか
オーディエンスの記憶に刻む
効果的なストーリーテリングは、オーディエンスのブランド想起と認知を大幅に高めることができます。
膨大なデジタルコンテンツが溢れるインド市場において、ブランドロゴや商品をオーディエンスの記憶に残すことは容易ではありません。オーディエンスの心に響く、記憶に残る明確なブランド・アイデンティティを作り上げるためには、「ブランドの伝えたいメッセージ」を「説得力のあるストーリー」に織り込むことで、より強く記憶に残すことが可能です。
スタンフォード大学ビジネススクールの研究では、人は事実だけを記憶するよりもストーリーで共有された場合は22倍も記憶が留まるというデータも発表されています。
ブランド認知だけでなく、エンゲージメント、LTVを向上させる
ストーリーテリング・マーケティングは、顧客とブランドの間に、「深い理解と感情的な結びつき」を持たせます。
人々がストーリーに魅了されると、口コミやSNSを通じ、コンテンツを身の回りの人へ共有され、トピックについて話す機会が醸成されます。シャワー効果によってオーディエンスの間でメッセージが繰り返し話題となり、多大なリーチ拡大のための追加のマーケティング費用を最小限に抑えられます。
世界の消費者の64%が現在、それぞれの信念に基づいた購買行動をとっているというデータ(出典:エデルマン・トラスト・バロメーター)があるように、オーディエンスは購買の過程で、ブランドの在り方やストーリーに共感するというステップを大切にしています。
ブランドストーリーに共感し、エンゲージメントを高め、ブランドとの関与が増えていくことで、ファン化を促し、将来的には企業の長期的で健全な成長を助けるLTV(Life Time Value:ライフ・タイム・バリュー)を高めることにも寄与します。
他社との差別化と競争優位性
急速な経済発展下のインドでは、魅力的なブランドが数多く誕生し、急成長しています。製品のスペックや価格比較に加え、説得力のあるストーリーをオーディエンスへ提供することで購入意義とブランドの存在感を際立たせ、ブランドポジションに独自性、優位性をもたらします。
デジタルマーケティングにおいても競争性が高まるインド市場においては特に、魅力あるストーリーテリング手法の展開はブランドを競合他社から差別化することにも役立ちます。
複雑なデジタルマーケティング手法を「シンプル化」
「ストーリーテリングの要諦はシンプル化にある」
私たちストーリーテリングチームでは、そのように考えています。複雑な製品やサービス、コンセプトをデジタル上で伝えることが求められるデジタルマーケターは、多様な情報を単純化し、親しみやすく理解しやすいアイデア、伝達方法として咀嚼し、結果、オーディエンスが理解しやすいメッセージへと生まれ変わらせ、その効果を検証していきます。
ストーリーテリングマーケティング手法
ここからは、ストーリーテリングマーケティングで使われる主な手法についていくつかご紹介します。
オーディエンスが心を揺さぶられるには、喜び、悲しみ、懐かしさ、感動などの複数の感情が織り交ぜられています。
一般的なストーリーには、「主人公が直面する葛藤や挑戦があり、その後、解決や変化に向かう」という、セオリーとでもいうべき「型」があります。綿密なストーリーラインの構築によって、期待感と満足感を与え、オーディエンスを惹きつけることができるでしょう。
ブランドが独自のアイデンティティを持ち、何を支持するのか、顧客や社会に対するコミットメントを反映した世界観のストーリーであるのか、ブランドメッセージを明確に設定することは重要です。
更には、これらのメッセージは、さまざまなコンテンツを通して一貫していることがブランドの透明性と信用の基礎となります。なぜならば、デジタルの世界で多くの時間を費やすようになったオーディエンスは、メッセージに一貫性のないブランドの嘘を見抜く力を持っているからです。
ストーリーテリング・マーケティングは、様々なマーケティング・チャネルやタッチポイントで展開されていきますが、ソーシャルメディアキャンペーンであれ、ウェブサイトコンテンツであれ、オフライン広告であれ、ブランドストーリーに一貫性があり、同じコアメッセージを伝え続けることも求められています。
ストーリーテリング施策で有効なコンテンツタイプの一つが動画です。
映像は、登場人物の表情、身振り手振り、色彩、テロップやナレーションの声、音楽など複数の要素の組み合わせによって、複雑な情報を簡潔かつ効果的に伝えることができ、短時間に多くの情報を凝縮できることが可能です。視覚と聴覚の両方へ働きかけることによって、記事やイメージといった他のコンテンツタイプに比べてよりオーディエンスへ没入感のある体験を提供することが可能です。ストーリーに夢中になり、没入していく瞬間が、オーディエンスとブランドが繋がる瞬間です。
スマホや動画プラットフォームの発達によって、動画コンテンツはこれまで以上にアクセスしやすくなっており、世界中の多様なオーディエンスにストーリーを届けることができる優位性のあるストーリーテリング手法を是非、活用していただきたいです。
インフルエンサーのような影響力のある個人やコンテンツクリエイターがストーリーテリングの手法を活用してブランドの在り方や製品・サービスを語る手法は、適切なオーディエンスと強く繋がるストーリーテリングマーケティングの一つです。
インドでは、インフルエンサーが与えるオーディエンスへの影響力は高く、同じカルチャーや価値観、興味・関心を持つ尊敬するまたは、信頼できるインフルエンサーが伝える手法は、ブランドがオーディエンスに直接伝えるよりも効果が高いと感じます。
実際に、マーケティング担当者の合計71%が、インフルエンサーマーケティングからの顧客やトラフィックの質は、他のソースと比較して優れていることに同意しており、コンバージョンを高めることを実感しています(Smart Insight調べ)。
特に、海外ブランドやこれまでに市場に存在していない新たな製品やサービスの場合に効果的な手法です。
インド事例2選|ストーリーテリングマーケティング
タタ・ティーは、インド最大かつ最古のコングロマリットのひとつであるタタ・グループの紅茶ブランドです。タタ・ティーは、インドの多くの人が愛飲し、インドの紅茶市場において確固たる地位を築いているブランドです。
このようなブランドポジションを構築している背景には、プロダクトや価格といった実利的な価値だけでなく、タタ・グループが大切にしている社会への貢献、CSR活動を軸にしたブランディング活動があります。
2008年から始まった「Jaago Re」(目覚めよ)」キャンペーンの大きな狙いはインド人の積極的な市民活動の参画を奨励をすることでした。無意識に常態化しているインドの社会課題である汚職、ジェンダー不平等、投票への無関心など、インド社会に蔓延するさまざまな社会問題に対して、オーディエンスの意識を高め、社会変革を推進することにありました。
このキャンペーンでは、ストーリーテリングを主な戦略として活用し、示唆に富み、感情を揺さぶる一連のストーリー動画が企画されました。感情的なレベルでオーディエンスと繋がるために、子供や家族といった親しみのある登場人物、自宅の居間や学校のオーディトリウム(ホール)など誰もが親しみを感じるような場所を使用し、日常的な環境の中でストーリーを描いています。
ここでは、2023年にローンチされた最新のストーリー動画をご紹介します。
Tata Tea Jaago Re - To fight Climate Change - Nursery Rhymes(気候変動と闘うために - 童謡編)
舞台は小学校の発表会です。子供がいる親なら誰もがこの瞬間のワクワクと緊張感、そして誇らしさを思い浮かべるでしょう。発表会や学校イベントで、チャイが配られることが一般的なインドにおいて、タタ・ティーのチャイの香りとともに感情が思い起こされる親しみのあるシーンです。
子どもたちはステージへ上がり、誰もが耳にしたことのある世界やインドの童謡を披露します。
ところが、童謡の歌詞は本来の楽しく子供らしいものから一変、気候変動によって当人や動物、自然が残酷なシーンへと進んでいきます。冒頭のJack and Jillでは丘へ水を組みにいったものの「地球が熱くなりすぎて、飲むための一滴の水もなくなってしまった。そして、それはいつか自分にも起きるだろう。」と少年が歌います。
Twinkle Twinle Little Star(キラキラ星)では「空を見上げても大気汚染で星は見えない。大気汚染で息をするのも辛い。」と、今インドで起きている深刻な事実を童謡を通して伝えます。
発表会を見る親のショックと混乱の表情から、子どもたちに置き得る未来への悲しさと不安を感じます。
社会とブランドへのインパクト
「Tata Tea Jaago Re – To fight Climate Change – Nursery Rhymes(気候変動と闘うために – 童謡編)」は、Youtubeへ投稿されてから1ヶ月で46万回の再生を記録しました。
感情を揺さぶるストーリーがオーディエンスの共感を呼び、多くのインド人の中で反響となり、環境問題意識や社会的関心ごとにまで引きあげる効果をもたらしました。気候変動についての会話が意識とエンゲージメントの向上に繋がったとされています。
キャンペーンのストーリーテリング施策は波及効果を生み、個人やコミュニティが積極的な社会変革を起こし、支援するきっかけとなり、インド全土で市民主導の運動やイニシアティブが形成されることに貢献しました。
本キャンペーンは、タタ・ティーを社会的責任と目的主導の企業として位置づけることにも貢献し、オーディエンスへのブランドのパーパス浸透にも役立ちました。より良い社会づくりに積極的に取り組むブランドを評価する消費者の間で、タタ・ティーのブランドレピュテーションと信用が高まりました。
説得力のある物語を活用することで、このキャンペーンは認知度を高め、社会変革を推進し、タタ・ティーを積極的な市民活動と社会的責任を担うブランドとして確立することに成功したと言えます。
ペイティーエムはインドの電子商取引決済システムおよび金融テック企業です。当初モバイルチャージと請求書決済のプラットフォームとしてスタートしましたが、その後サービスを拡大し、モバイルチャージ、請求書支払い、オンラインショッピング、チケット予約、送金など幅広いサービスを提供する包括的なデジタル決済エコシステムへと成長、数百万人の顧客を保有しています。
都市部では、パパママショップと言われる個人所有の露天でもペイティーエムを使用することができ、インドペイメント業界のゲームチェンジャーとなりました。
ペイティーエムは、2021年、ジェンダー格差と金融リテラシーの相関性を社会実験として取り上げストーリー動画をローンチしたことで話題となりました。
トピックとなった背景
インドの女性で銀行口座を所有している率は30%、かつその内15%は預金をしておらず、実際には銀行口座に使用していないため、実質はたった20%の女性が銀行口座を使用しています。貧富の格差はあれど、日本と比較すると「女性の金融リテラシー」や「アクセシビリティ」が低いことは、このデータからも推測が可能でしょう。
広く語られることはないものの、男女差による金融リテラシーという問題は、特にインド社会における男女格差という文脈において、今日私たちが自問自答すべき深い問題です。インドでは、日本と同様に女性は家事の負担も重く、経済活動に参加する時間が限られています。ジェンダー格差により、女性は不安定な低賃金の仕事に従事し、少数の女性しか管理職のポジションを得られない傾向にもあることは一つの事実です。
貧富の差に関わらず富裕層や中間所得層の女性であっても、自分の口座を所有していない、または資産を管理していないケースは多く、女性の金融リテラシーの低さを実感します。
ストーリーテリング動画「The Divide(分断)- 社会実験」
Paytmは電通インターナショナルのクリエーティブ・エージェンシーである電通インパクト・インディアと提携し、#Womensday(国際女性デー)の月に、これらの課題を顕在化させるための、社会的実験をストーリー動画を発表しました。
会場となった大きな体育館に、20代〜70代頃までのさまざまなバックグラウンドを持つ男女が、好奇心とやや緊張した表情で現れます。
モデレーターは、金銭的自立とリテラシーに関するさまざまな質問を投げかけます。Yesであれば一歩前進、Noであれば一歩後退するというルールによって、ジェンダーと金融リテラシーの相関性があるかについて視覚的に実証します。
- 光熱費の支払いをしたことがありますか?
- 金の現在価格を知っていますか?
- 給与の内訳を理解していますか?
- コンサルタントを使わずに自動車を自分で購入したことがありますか?
- 保険の契約を自己名義でしたことがありますか?
20を超えるいくつもの質問に回答していく中で、男女差による金融リテラシーの格差が、視覚的にまざまざと現れました。男女の間に生まれた大きなギャップに誰もがショックを隠せず、戸惑っている表情が印象的です。
社会とブランドへのインパクト
Paytmのストーリービデオは、2年間でYoutube上で273万回の視聴がされ、多くのオーディエンスがこの男女格差による経済的自立、金融リテラシーの偏りが社会課題であると認識し、目を向けるきっかけとなりました。
また、インドのペイメントアプリケーションは激戦市場となるなか、このストーリービデオによって業界のユーザーが抱える社会課題を顕在化させ、意識変容の第一歩を踏み出すきっかけを作ったことで、業界のリーダーとしてインド市場において、人々の記憶に残るブランドポジションを確率したと言えるでしょう。
サマリー
デジタルマーケティングにおいて、ストーリーテリングのテクニックを活用することで、ブランドは効果的にオーディエンスと繋がり、ブランドロイヤリティを高め、ビジネスの成長を促進することが可能です。
ストーリーには、ブランドを記憶に残し、より親しみやすく、感情的にインパクトを残す力があります。それだけでなく、ブランドは他社との差別化をオーディエンスへわかりやすく示し、より深いレベルで惹きつけ、強い感情的なつながりを築くことができるでしょう。
ストーリーテリングでは、ストーリーテリングマーケティングの一貫として、ストーリー動画の企画・制作、インド人インフルエンサーを活用したローカル浸透型ストーリーテリングなどのサービスを提供しています。ご興味がございましたら、お気軽にご連絡ください。
Suguri Mikami
住友信託銀行(現三井住友信託銀行)に勤務後、海外IR・マーケティング支援企業にて営業、プロジェクトマネージメントを経験する傍ら、自社リード獲得のためのデジタルマーケティング活動に携わる。2016年にインドへ移住。マーケティング・IT領域に特化したコンテンツ制作を中心にフリーランスとして活動。
2019年にインドを拠点としたデジタル・ブランドマーケティング会社Storytelling LLP を創業。日系およびインド系企業のデジタル上におけるブランド・マーケティング戦略の立案、実行をサポートする。