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インドでは、パンデミックを経て人々の購買動機に大きな変容が起きています。これまで価格重視であった消費者は、環境や健康といったキーワードにより敏感になっています。こういった潮流を逃さず、インドのD2Cヘルステックブランドは増加傾向にあります。
D2Cならではのデータ集積力によってカスタマーニーズを捉え、デジタルプラットフォームのUXやコンテンツを改善し、消費者のエンゲージメントを高めているブランドのデジタル認知度が高まっています。
ここでは、商品価値をターゲットオーディエンスに体験で届け、インドで認知度を高めているインドD2Cヘルステックブランドのデジタルマーケティング事例3つを分析し、ご紹介します。
インドのD2C市場は年間34.5%増で成長
改めてではありますが、インド市場の最大の魅力は人口ボリューム。2023年、世界一の人口になると日本でも報道が活発に行われているように、インドの市場は拡大の一途をたどっています。
Statista の報告では、インドのD2C市場全体は、2015年から2025年にかけて15倍以上成長すると予想されています。2020年、D2C市場全体の規模は331億USD、2025年には約3倍に成長し、1,000億USDに達すると予測されています。
The Times of India の報告によれば、D2Cブランドの成長の背景には、Eコマースやインターネットの普及、ラストワンマイル物流の発達、消費者のネットリテラシーの向上が挙げられます。
オンラインの普及とパンデミック禍において、デジタル化が急速に進み、オムニチャネル化、D2Cブランドでは顧客行動データ集積のためのCRMの導入によって、売上を促進する貴重なインサイトを分析できるようになりました。
急速な成長を遂げるインドのD2C市場は、インドに身を置くわれわれ消費者がその進化速度、そして利便性を実感するだけでなく、インド国外の投資家も注目する市場に急成長しています。
購買決定要因であった「価格」を抜いて「体験」と「環境」が上位へ
パンデミックを経て起きた変化の一つが消費者マインドです。価格が購買における大切な要因であったインドの消費者は、体験ファーストな購買活動やその他の要因に目を向けるように変容しています。
平均年齢28歳のデジタル・ネイティブが支えるインドの消費者層や都市部のグローバル経験あるセグメントを中心に「安かろう悪かろう」という意識が芽生え、ブランド側がコストを抑えるだけでは、売りにくい時代に突入しています。
EYの調査によれば、パンデミック直前の2020年にはわずか10%前後の消費者にしか重要視されていなかった「Experience first(体験)」「Planet first(環境)」の項目は、2022年には約30%に上昇しています。
「Experience first(体験)」とは、ユーザーがブランドを知り、購買までのブランドとの接点を通して、一貫したブランドストーリーやメッセージを受け取ることによって、経済的・社会的にもポジティブな気持ちになれることを重視する考え方です。
「Planet first(環境)」とは、自分の購買活動や消費が社会や環境に、どのようなポジティブな影響を醸成しているか、また地産地消型や透明性を重視する考え方です。
健康意識の高まりからニーズが多様化、インドのヘルステック市場は活況
2022年のStatistaの調査では、インドの人々の健康やサステナビリティへの関心が高まっていることが明らかになりました。回答者の約60%は健康意識が高まっており、約35%は、より持続可能で環境に優しいブランドへの切り替えを希望。約44%はプレミアムな価値を感じるブランドに対してコストをかけることにポジティブであると回答しています。
人々の嗜好の変化に伴い、インドではオーガニック製品の開発が顕著に行われています。有機栽培された農産物、有機加工された肉、オーガニック素材を使った化粧品など、最終的なプロダクトはもちろんのこと、生産工程の透明性にも価値を感じて購入する人が増えてきています。
パンデミック渦で普及したオンライン医療も、インドのヘルステック市場の成長を加速させました。薬局の実店舗とは別に、遠隔医療や遠隔患者モニタリングの人気が高まり、その結果、ヘルステックとウェルネス産業がオンラインで存在感を高めるようになりました。
また、根強い人気を誇るインドの伝統的なアーユルヴェーダ、ヨガ、カイロプラティックといった療法だけでなく、インドのオーディエンスの関心が、インド国外の新たな概念を取り入れた健康・栄養・フィットネス・セルフケアといったへとニーズが多様化しています。
関心の多様化は市場成長率にも表れています。2016年から2023年にかけて、インドのヘルステック市場は、年間平均成長率22%で拡大し続けています。2016年に860億USDとされたインドのヘルステック市場は、INC42の予測では、2023年に3670億USD、2025年に6380億USDに達するとされています。
インドのD2Cヘルステックブランドの中には、D2C市場とヘルステック市場の成長により、戦略的な顧客の巻き込みに成功し、魅力的なデジタルブランディング・デジタルマーケティングを展開しています。
ここからは、業界でも高い認知度を誇るインドD2Cヘルステックブランド3社のデジタルマーケティング事例を紹介します。
インドD2Cヘルステックブランド 事例3選
健康管理アプリ「Healthify Me」
Healthify Meは、食習慣の見直しを提案するモバイルアプリを提供しています。2012年にバンガロールで3人のインド人によって設立され、現在ではインドと東南アジアで最大で最高評価の健康アプリに成長しました。400万人以上の有料会員を有し、2020年にはユーザー累計で200万Kgの減量に成功しています。
アプリを使う目的は、個々人で設定が可能です。減量や筋肉量の増加など、各人によって異なる健康のビジョンに合わせて目標を設定し、それに合わせた食事や運動のサジェストがアプリから提供されます。
一般的によく食される食材の栄養価がアプリ上に登録されており、食事のたびに食物を検索し登録することで、接種した栄養素やカロリーをトラックできる仕様になっています。一時期日本ではカロリー計算アプリが流行しましたが、Healthify Meでは、個人が描いた健康像に合わせてアプリが食事や運動のサポートがあり、より現代のヘルステックやウェルネス思考に寄り添ったサービスと言えます。
アプリ上では、食事管理や水分接種管理のほか、理想的な食事のレシピや運動習慣の提案などのビデオやテキストコンテンツが充実しています。
単純にデータを蓄積するだけでなく、有益な健康情報が継続的に配信されることによって、ユーザーはサービスを利用すればするほど学習され、ファンへと育成されていく構造になっています。
アクティブユーザーの割合が75%から90%に上昇、エンゲージメントを高めるカスタマージャーニー
Healthify Me では、食生活の管理において最も困難な「レポーティングの継続」という作業をターゲットオーディエンスが楽しんで続けられる工夫を続けてきました。
食事のレポーティング以外の機能として始めた、専門家との1on1コンサルテーションサービスは、ローンチ当初は注目されたものの数ヶ月後には予約数が激減したと言われています。オーディエンスは「学習を深めたい」という欲求を持っている一方で、アプリの訪問回数が減少するという事象が起きていました。
この解決策として、Healthify Meでは、ユーザーのエンゲージメントを高め、アクティブユーザー率の向上のため、専属コーチとの1対1の電話コンサルティングを企画しました。この新たなパーソナライズした顧客接点を創出したことで、アプリ離れする顧客を引き止め、エンゲージメント、ファンへ育成させることに成功しました。
さらに、1対1のコンサルティングの満足度向上のため、Healthify Meはそれぞれのコーチが提供するコンテンツの統一化を図りました。一貫した合理的なプレゼンテーションの配信により、プラットフォームのアクティブユーザーの割合が75%から90%に上昇。
カスタマージャーニーに、消費者と繋がる接点を増やすことで、ユーザーエンゲージメントとサービス価値を向上させました。
インドではちょっとくどいくらいがちょうどいいプッシュ通知
また、モバイルアプリ上のポップアップ機能でレポーティングや運動習慣を定期的にリマインドすることで、オーディエンスへ日常的にアプリの存在を身近に感じさせるのも戦略の一つです。
特に、インドではプッシュ型のアプローチを選択するD2Cブランドは多く、電話番号の登録やアプリの登録終了後すぐにカスタマイズされたコンテンツが個人に届くことは珍しくありません。日本人にとってはしばしば多すぎると感じるプッシュ通知の量でも、インドでは1時間に1通程度が最適化された通知配信タイミングのようです。
Healthify Meは、パーソナライズ化されたカスタマイズコンテンツによって、繋がりを求めるオーディエンスの声をきき、コンテンツやサービスの改善を続けることによって、活況を迎えるインドD2C市場においてエンゲージメントの向上に成功しています。
オンラインとオフラインを融合したヘルステックサービス「Cult Fit」
Cult Fit は、2016年にバンガロールで設立されたテクノロジーとデータを活用し、健康的なライフスタイルを提案するヘルステックスタートアップです。フィットネス、栄養管理、メンタルウェルビーイングに関するオンラインとオフラインの体験を、ホリスティックに統合した4つの事業を提供しています。
Cult Fitはフィットネスから始まりましたが、現在は、mind.fitはメンタルウェルビーイング、eat.fitはヘルシーフード、care.fitは健康に関するコンサルテーションなどのパーソナルなヘルステックサービスへとブランドを拡大させています。
モバイルアプリはそれら4つの事業のハブとなっており、インドのオーディエンスにポジティブな運動習慣の浸透を促しています。
ターゲットオーディエンスを明確にし、コア層から繋がりを醸成
Cult Fitでは、デジタルマーケティング戦略としてコンテンツマーケティング・SNSマーケティング・インフルエンサーマーケティングを駆使し、ターゲットオーディエンスとの繋がりを戦略的に醸成しています。
FacebookとInstagramで35万人のフォロワーを持つアカウントでは、Cult Fit のペルソナ像である、健康的なライフスタイルを真剣に送りたい人たちにリーチすることを目的としています。ブランド創業期のCultfitのジムには、Z世代やミレニアム世代を中心に心身共に健康でありたい、朝からエネルギーに満ちた一日を送りたいといった人たちが集まりました。
Cult Fitは、健康に関する最新情報や、ウェルネスイベントへの招待、健康的な食べ物や飲み物のヒントやレシピ、ダイエット成功事例など、ターゲットオーディエンスからの関心が高いコンテンツをアプリを通して定期的かつ継続的に投稿し、オーディエンスの興味・関心を維持しています。
デジタルマーケティングを始める際のはじめのステップとして最も重要なペルソナ理解に重点をおき、自社のサービスを使いたいと思うであろう人物像を明確にしているからこそ、コンテンツ作成では一貫したメッセージの提供が可能になります。Cult Fitでは、顧客が誰であるかを正確に理解しているからこそ、説得力のあるコンテンツ配信に成功しています。
ブランドとの関連性、親和性がインフルエンサーマーケティングのキー
ブランドと親和性のあるインフルエンサーの起用で、商品のプロモーションも戦略的に展開しているのも特徴です。インドで著名な、リティク・ローシャン、ミリンド・ソマン、タイガー・シュロフ、シンドゥなどのアスリートをはじめ、ターゲットオーディエンスが目指したい世界観を持ったインフルエンサーを巻き込み、ブランドとオーディエンスの目指す世界をインフルエンサーを通して繋いでいます。
インドのD2Cデジタルマーケティングの真髄は、ブランドの在り方やパーソナリティを明確にした上で一貫したコミュニケーションをとることで最大化できるといえます。ターゲットオーディエンスに寄り添ったコンテンツやサービスを提供するためには、顧客の声を聴き、分析し、対話型コンテンツの開発を続けることが重要です。
デジタルファーストブランド「Perfora」
インドのオーラルケア市場は、パンデミックをきっかけに飛躍的な成長を遂げています。
Statista の報告では、2023年から2027年にかけて年間平均成長率は3.5%が予測されています。主な要因としては、インドの人々のライフスタイルの変化、プレミアム製品への需要の高まり、可処分所得の増加、衛生管理に関する意識の高まりが考えられます。主に都心部ではその変化は顕著で、PerforaのようなD2CのオーラルケアブランドがSNSでもよく見られるようになってきました。
これまでは、ごく一般的なグローバルのオーラルケアブランドがインド市場を独占しており、歯を磨いた後のスッキリ感が強いものや安価な製品、歯科クリニックで推奨される特別なオーラルケアを中心に認知されていましたが、PerforaのようなD2Cブランドの誕生によって消費者の選択肢は増え、市場サイズも成長を遂げています。
Perforaの成長の背景には、2023年2月にはインドの人気資金調達リアリティショー、シャークタンクインディア シーズン2への出演し、番組内で800万ルピーを調達しました。そのほかにも、Perforaは2023年2月に、VCファンドRPSG Capital Venturesから250万USDを調達しています。資金は、流通、研究開発、ブランド構築などに投入する予定で、さらにそのサービスの向上を目指しています。
今後2年間で、1,000万人のインドの消費者にリーチすることを目標としており、ムンバイ、ベンガルール、チェンナイ、ハイデラバード、アフマダーバード、ジャイプール、チャンディーガルなどインドの上位10都市への進出も検討中です。
Perforaの共同創業者、Jatan Bawa氏は、「5年後には、350~400億ルピーの収益を上げ、インド全土の25,000~30,000の小売店で販売する予定」と述べており、オンラインを基点にオフラインへの拡大も視野に入れています。
Perforaは、インド市場で充実しつつあるオーラルケアブランドの中でも、機能性やデザイン性の高いD2Cブランドです。
電動歯ブラシ、マウスウォッシュ、フロス、舌クリーナーなど、商品展開が豊富で、選択肢が限られていたインドのオーラルケア市場に新しい風をもたらしています。教育系コンテンツを積極的に配信することで業界のリーディングカンパニーとしてのポジションを獲得するとともに、いまだ未熟なインドオーラルケア市場の底上げに貢献しています。
デジタル体験だけで、認知から購買、コミュニティ化まで
Perfora は、実店舗を持たないデジタルファーストブランドとしてターゲットオーディエンスとの繋がりを創造しています。購買プロセスに人が介在しないからこそ、認知から購買までのあらゆるタッチポイントで戦略的で魅力的な顧客体験を提供しています。
施策の一例としては、以下のような施策が挙げられます。
- Instagramへのリール投稿、ブースト広告で潜在顧客層へリーチ
- インフルエンサーの起用による、潜在顧客層リーチおよび購買意欲の促進
- 検索サーチエンジン広告で、見込み客へリーチ
- オンラインショップを訪問し、カートを15分以上放置したユーザー層へのリターゲティング広告によるリテンション
- カゴ落ち客への、Eメール、ウェブプッシュ、SMS、WhatsApp送信。特定の顧客がアクティブなSNSを特定した上でのメッセージ送信
- 顧客情報に合わせた、パーソナライズされたEメールやメッセージで、最初の割引オファーを提供
- 割引オファー提供後24~48時間以内に、チェックアウトを完了していないユーザーに対して、さらにカスタマイズしたメッセージでフォローアップを行い、コンバージョン率向上
- クイックコマースBlinkitや主要マーケットプレイスAmazon、Flipkartへの積極的出店
これに加え、都心部で開催されるオフラインイベントへ積極的に出店し、潜在顧客層の開拓も地道に行っています。デザイン性の高いプロダクトは、オフラインイベントでも一際目をひく印象で、ブースでの顧客体験も、新しい文化を浸透させようとするPerforaのメッセージが視覚的に伝わります。オフラインイベントはデジタルコンテンツ化し、SNSへ投稿、広告でブーストすることで立体的かつユーザー接点の世界観を発信しています。
▲デリーNCRのコンドミニアム内で開催されたポップアップ
これに加え、都心部で開催されるオフラインイベントへ積極的に出店し、潜在顧客層の開拓も地道に行っています。デザイン性の高いプロダクトは、オフラインイベントでも一際目をひく印象で、ブースでの顧客体験も、新しい文化を浸透させようとするPerforaのメッセージが視覚的に伝わります。オフラインイベントはデジタルコンテンツ化し、SNSへ投稿、広告でブーストすることで立体的かつユーザー接点の世界観を発信しています。
Perforaのターゲットは、購買要因に「体験」だけでなく「環境」を大切にする層であり、オーディエンスの大切にする価値に起点を起くPerforaでは、デジタルプラットフォームにおいて一貫して、ベーガン表記や自然派であるアイコンを強調しています。
また、インドで人気のキット型パッケージを「コーポレートコンボ」と特別カテゴリーで設けており、会社の従業員向けギフト、旅行用ギフト、フェスティバルギフトなど体験と紐付けた製品開発をしている点が体験を生み出すブランドとして特徴的です。
ブランドと直接的なつながりをより一層求めるようになったインドのオーディエンスは、一貫したブランドコミュニケーションが、自分の体験と紐づく用にカスタマイズされて提供されることを期待しています。
サマリー
インドのオーディエンスは、経済発展に伴う所得上昇やパンデミックを経て発展したD2Cブランドのデジタルファーストな快適な購買フローを日常的にすることによって、よりカスタマイズされたプレミアムな体験を求めるように変革しています。
ターゲットオーディエンスのペルソナ像を正確に捉え、顧客の声をききコンテンツの開発を続けることで、ブランドのファンを飽きさせることなく育成しコミュニティを醸成していくフローが、インドのD2Cブランドで日々進化しています。
インドのオーディエンスに愛されるブランドになるためには、価格帯や品質のよさを謳うだけではなく、ブランドポジショニング在り方をどのようにコンテンツに落とし、どのタイミングで届けるのかというデジタル上での姿勢は、インド進出を控える日本企業にも求められています。
Marina Ogino
2019年、獨協大学経済学部卒業。在学中、チュラロンコン大学に一年間留学しタイ語を習得。タイの動画制作会社と農業ベンチャーでインターンシップを経て、株式会社日本農業に入社。海外営業部に所属し、駐在中は事務所の立ち上げ、営業・マーケティングを担当。2022年1月からインドに移住し、同年6月にSTORYTELLING LLPにGMとして入社。日本語、タイ語、英語話者。