Homeインド進出企業のブランドマーケティング|難しさの構造と対策Trendインド進出企業のブランドマーケティング|難しさの構造と対策

インド進出企業のブランドマーケティング|難しさの構造と対策

インドの代理店から上がってきたクリエイティブを開いた瞬間、言葉を失ったことはないでしょうか。

ロゴの色がわずかに違う。フォントが勝手に置き換わっている。日本では絶対に使わないビビッドな配色に、過剰な装飾。「ブランドガイドラインは渡してあるのに、なぜ」——インドに進出した日系企業のマーケティング担当者なら、一度は経験する場面です。

これは、代理店の質の問題なのでしょうか。それとも、日系企業の担当者の理解力の問題なのでしょうか。

私たちはこれを、日本本社の「基準の渡し方」と、インド市場の「基準の受け取り方」の間に、大きなギャップが存在し、これが双方による誤解、さらにはストレスの原因であると考えています。

一方で、この問題を放置することのコストは、年々大きくなっています。このギャップを埋める作業に疲弊し、ブランドマーケティングをやめてしまったり、ブランドの一貫性が失われたまま継続することで、ROIが鈍化するだけではありません。生成AIがあなたのブランドを「同一のブランド」として認識できず、AI検索・AI推薦の時代に引用されない。そんな新たな実害が、すでに始まっています。

本記事では、ブランドマーケティングとは何かという基本から、なぜインドでこの実装が難しいのかという構造、取り組まない場合のリスク、そして日系企業の本社ブランド室とインド現地経営層がそれぞれ準備できることを解説します。

ブランドマーケティングとは何か—一般的なマーケティングとの違い

まず、聞き慣れないブランドマーケティングという言葉の整理からさせてください。

多くの日系企業のインド法人において、「マーケティング」とは、展示会への出展、カタログ制作、広告によるリード獲得を指して話されていることが多く感じます。これらは、「今期の売上・引き合いをつくる」ための活動です。

一方、ブランドマーケティングは、「このブランドから買いたい」「このブランドだから買いたい」といった認識そのものを、市場の中に時間をかけて構築する活動と当社ではお客さまに説明させていただいます。

ブランドマーケティングという言葉そのものが、欧米で生まれ、欧米が体系化してきた分野であるため、馴染みが浅いのですが、近代的なブランドマネジメントの原点は、1931年に米P&Gの若手社員ニール・マッケルロイが書いた社内メモ、ブランドごとに専任の責任者を置く「ブランドマン」制度の提案だとされています。

ブランドマーケティングとプロダクトマーケティングの主な違い

ブランド・マーケティング プロダクト・マーケティング
概念 企業としての視覚・行動といったアイデンティティを構築し、信頼、感情的なつながりを醸成する活動。 特定の製品の価値を訴求し、顧客の課題を解決することで購買・契約に繋げる活動。
対象者 すべての人(顧客、従業員、投資家、一般社会)。 いますぐ解決策を必要としている顧客。
ゴール 長期的な信頼とロイヤルティ:「この会社の姿勢に共感できる」。 短期での導入と売上:「これが今の課題を解決してくれる」。
主な役割 ・ブランドナラティブの定義
・認知と信頼の構築
・ブランドの長期戦略策定
・製品のポジショニング
・市場投入(GTM)計画
・営業チームの支援
ファネルの領域 ファネル上部:認知と感情的なつながり。 ファネル全体:認知、導入、継続、成長。
時間軸 長期戦:数年をかけて信頼とロイヤルティを築く。 短期・戦術的:製品ローンチ、アップデート、機能リリースに紐づく。
活動・成果物の例 ブランドガイドライン、ストーリーテリング、プレスリリース、ブランドキャンペーン、SNS、ポッドキャスト 展示会、セールス資料、ローンチ計画、デモ、広告

引用元: https://www.sharpstance.com/blog/brand-vs-product-marketing  作図:STORYTELLING LLP

その後も「ポジショニング」理論、ブランドエクイティ研究、ブランド価値評価と、この分野の理論的な道具立てはほぼすべて欧米で積み上げられてきました。「ブランドブック」「ブランドマネージャー」という言葉自体が、欧米製の概念です。

対して日本企業は、世界的なブランドを数多く持ちながらも、「規律としてのブランドマネジメント」を明示的に運用してきた歴史は浅いと言えます。ハイコンテクストな国内市場では、品質と長年の信頼が暗黙のうちにブランドを語ってくれたため、明文化された管理体系を必要としてこなかったのです。なによりもブランドを言葉の代わりに語る強い製品群たちが企業や消費者たちを魅了してきたという日本のモノづくりにおける強さがあります。

ブランド・マーケティングを一言で言えば「It’s less about chasing viral trends and more about establishing authority and trust.(日々のトレンドを追いかけることではなく、権威と信頼を確立すること)」とも言えます。

なぜインドの難易度は高いのか

日系企業のインドにおけるブランドマーケティングの難しさを整理していきます。

基準と予算の不在(日系企業側)

そもそも、ブランドマーケティングを参照すべき基準を企業が持っていないケースが非常に多いことが現状です。

  • ブランド・アイデンティティブック(以下、ブランドブック)自体を持っていない
  • 持っていても、グローバル版(実質は日本版)のみで、インド市場向けが存在しない

日本国内では、ブランドブックがなくても大きな問題は起きません。長年の取引関係、社員の暗黙知、代理店との阿吽の呼吸が、実質的なガイドラインとして機能しているからです。しかしインドでは、その暗黙知の共有基盤が存在しません。基準がなければ、現地チームも代理店も、それぞれの解釈で動くしかないのです。

さらに、日系企業のインド法人が抱える最初の問題は予算です。多くの場合、インド支社には、ブランドマーケティングの予算項目が存在していないことが現状です販促費はあってもブランド投資はない。「ブランドは本社の仕事」という認識のまま、現地では日々の販促だけが回っている。これが典型的な状態です。

しかし、現地での知名度がほぼゼロからスタートするインド市場において、ブランドを構築しないまま販促だけを打ち続けることは、穴の空いたバケツに水を注いでいる状態とも言えるでしょう。

▶︎関連記事:2年でリード+400件・認知+220万──JTBインディアが本社×現法×エージェントで築いた営業DX

実行文化のギャップ(インド市場側)

インドのブランドマーケティング人材や代理店には、独自の強みと文化があります。スピード、即興性、バイラルへの嗅覚、ゼロイチ文化を背景に持つ卓越した創造性。刻々と変わるトレンドに反応し、目立つものを素早くつくる能力は、世界基準に到達するブランドも多く存在します。

しかし、すでにある日本のブランド(型)の本質を維持しながら、インド向けに少しローカライズするといった微調整や、ブランドガイドラインがない、つまり明確な指示書がない状態で、製品や歴史から読み取れといった空気を読むような実行文化は存在していません。

数週間単位でのエンゲージメントを最大化するインド的な発想と、空気を読みながら数年かけてブランド想起を築く日本的な発想。どちらが正しいという話ではなく、放っておけば前者が後者を侵食していくという構造です。

さらにインド固有の難しさとして、多言語・多地域性があります。22の公用語を持ち、北部と南部では色彩の文化的な意味合いすら異なるインドにおいて、「一つのビジュアル・バーバルアイデンティティ」をどこまで統一し、どこから地域適応させるのか。この問いに答えを持たないまま展開すれば、地域ごとの現場判断でブランドは自然と分裂していきます。

伝達の断絶(両者の間)

そして、ブランドブックがあっても機能しないという日本本社からは理解に苦しむ現実も存在します。ここが最も見落とされやすい層で、当社も悩み続けた一つの障壁でした。

日本のブランドブックの多くは、「行間を読む」「パターンを読む」ことを前提に設計されています。色のパターン、余白の取り方、写真のトーンといった要素の組み合わせから、「このブランドはこういう世界観なのだ」という統一性を読み取ることを、受け手に期待していることが前提にあります。これはハイコンテクスト文化である日本では成立します。また、日本の製品が世界で唯一無二だった時代には通用してきたとも言えるでしょう。

しかし、デジタルというコミュニケーションツールが登場し、あらゆるブランドが安価に情報発信をできるになった今、日本ブランドの「伝えなくても伝わる」という姿勢が徐々に難しさを増しています。

特に、バーバルコミュニケーションがビジネス上のコミュニケーションインフラとなっているインドでは、ガイドブックを読み込み、行間やパターンから意図を汲み取るという読解自体の難易度が非常に高いのです。

また、ガイドラインに書かれていないことは「自由」と解釈され、書かれていることも「なぜそうなのか」の物語がなければ、単なる制約として形骸化する可能性を含んでいます。

本社そしてインド側経営層は「ブランドブックを英訳して渡す」だけでは、何も伝わっていない可能性があるという疑いを持っておく必要があります。

ブランドマーケティングに取り組まない場合の日系企業のリスク

「うちはB2Bだから」「まだ売上が優先だから」。ブランド投資を先送りする理由はいくらでもありますが、なぜできる限り早く取り組む必要があるのでしょうか。

第一に、デジタルを主軸とした顧客体験がインドでも主流になっていること。日本と比較して、商品を手に取って確かめる機会が限られるこの国において、デジタル上での顧客接点・体験は契約や購買の意思決定に大きな影響を与えています。

さらに、インドでは、優秀な人材ほど「どの会社で働いているか」を自身のキャリア資産として重視し、LinkedInなどでの企業の見え方が採用競争力に直結します。また、ディーラーや販売パートナーの開拓においても、「この看板を掲げたいか」という判断にブランドは決定的に作用します。顧客獲得・採用・パートナー開拓、B2Bビジネスの三つの生命線すべてに、ブランドは効いているのです。

具体的なリスクの事象をいくつかご紹介していきます。

「本物のブランド」と認識されていないリスク

インド市場には、類似の社名、模倣品、非正規のディーラーが数多く存在します。これは淘汰されるどころか拡大の傾向にあります。

一貫したビジュアルと明確なメッセージをデジタル上で発信していない日本ブランドは、顧客から見て「どれが本物か」を判別できない状態に置かれます。日本品質を訴求したいのに、その前提となる「正規性」の認識すら獲得できない、これは機会損失ではなく、今現在起きている問題の一つです。

部分最適化に陥り、マーケティングROIが出ないリスク

チャネルごと、代理店ごとにバラバラのブランド表現が走ると、それぞれの施策は「それなりに」回っているように見えます。しかしエンドユーザーや消費者側から見れば、一貫したブランド体験が存在しないため、ブランドとの接触が記憶に蓄積されません。広告費・制作費・展示会費のそれぞれが単発の支出となり、ブランド資産という複利が効かない。「マーケにお金を使っているのに効果が見えない」の正体は、多くの場合ここにあります。

AIに認識されないリスクは、2026年の新しい実害

そして、これからの時代に最も重大なリスクがこれです。

生成AIは、Webサイト、SNS、メディア掲載、レビューなど、複数のプラットフォームを横断して情報を統合し、ユーザーに「答え」を提示します。このとき、プラットフォームごとに社名表記・トーン・メッセージがバラバラなブランドは、AIから「同一のブランド」として認識されません。

認識されなければ、引用されません。引用されなければ、AI検索・AI推薦の時代において、顧客の意思決定プロセスに存在しないのと同じです。

特にインドでは、ユーザーが日本人の約2倍のプラットフォームを横断して情報を検証する文化があり、その複雑な行動を代替する生成AIへの依存が急速に進んでいます。ブランドの一貫性は、もはや「美意識」の問題ではなく、AIに発見され、信頼され、推薦されるための技術要件になったのです。

▶︎関連記事:「AIに引用される設計」GEO(生成エンジン最適化)はインドで有効なのか

インド向けの場合に必要な「遊び」の設計

ここまでブランドマーケティングの重要性を述べてきましたが、実はインド市場では、一貫性の肝となる「全チャネル完全統一」という欧米式発想そのものが機能しないと感じています。

ここが日本企業の方々に最も理解していただきたいポイントです。

B2Bでさえも複数チャネルで、ブランドは体験される

日本と比較して、インドではブランドのタッチポイントが圧倒的に広く、多様です。これは、情報の信頼性が低いまたはWebサイトよりもSNSが情報発信の主戦場になっているなど複数の背景があります。

例えば、日本であれば、通常ディーラー選定時にWebサイトを中心に2-3つのプラットフォームを回遊し、じっくり読み込むでしょう。一方で、インドでは、LinkedInでの認知から、Webサイト・Instagram・YouTube・PR・口コミ・店頭体験、WhatsAppでの直接相談までといった、平均7−8つのチャネルを回遊しています。

日本で設計されたブランドブックは、これらの複数チャネルでのコミュニケーションを想定して設計されていません。主に、ロゴ使用方法、写真の使われ方、封筒や名刺のマーチャンダイズのフォーマットが主流でしょう。

想定外の特にデジタルチャネルにおけるガイドラインの適用方法が誰にも分からず、結果としてインドで最も重要なデジタル上でのブランド戦略が最も劣化しやすい場所になっているという現状が存在しています。

「守るべき本質」と「変化してよい遊び」を分ける

だからこそ必要なのは、統一の強度を一律にするのではなく、戦略的に棲み分ける設計です。

例えば、

PRメディア掲載:企業としての公式見解・権威性の領域。表記・メッセージは厳密に統制

ウェブサイト:オーディエンス・トンマナ・トレンドを踏まえつつ、ブランドの「基準点」として一貫性を最優先 

SNS:オーディエンスとトレンドへの適応が価値になる領域。コア要素(ロゴ・キーカラー・語り口の芯)を守った上で、表現には意図的に幅を持たせる

重要なのは、この「遊びの範囲」をあらかじめ明文化しておくことです。「ここからここまでは動かしてよい。ここから先は動かしてはいけない」。この境界線がわかりやすく明示されていれば、インドでも運用が回っていくことがわかりました。遊びの設計は、第三層で述べた「伝達の断絶」への、最も実践的な解でもあるのです。

日系企業が準備できる対策

では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。本社ブランド室と現地経営層がまずできることを一部ご紹介いたします。

インド版ブランドガイドラインを。Do/Don'tの実例ベースでわかりやすく

抽象的な原則ではなく、「この使い方はOK、これはNG」という実例の集積として設計します。行間を読ませるのではなく、判断基準を目に見える形で渡す。具体的なビジュアル・画像で示すことが大切です。インドのチャネル(WhatsApp、Instagram、店頭など)を想定した実例を含めることが必須です。

本質と遊びの二層設計を明文化する

前章で述べた通り、「絶対に守る要素」と「チャネルごとに動かしてよい範囲」を文書として定義します。これは本社と現地が合意すべき、最も重要な設計文書になります。

現地に「ブランド管理者」を置くまたはエージェントにそのスコープを委託する

代理店任せの構造のままでは、どんなガイドラインも形骸化します。現地法人の中に、ブランドの一貫性に責任を持つ担当(兼務でも構いません)を明確に任命し、本社ブランド室との定期的な連携ラインをつくります。

一方で、ビジュアルなどデザイン要素が多く含まれるブランド統制の難易度は高く、ブランドオーナーとしてのスコープをエージェントに委託するという方法もあります。

一度渡して終わりにしない。語り続ける教育

ガイドラインの配布は、スタートであってゴールではありません。「なぜこの色なのか」「なぜこのトーンなのか」というブランドの物語を、現地チームと代理店に語り、オンボーディングし続けるプロセスが必要です。バーバルコミュニケーションが国民文化の基礎のあるインドでは、一度言って理解してもらうという前提は取り払い、語り続ける仕組みを導入していくことを推奨します。

ハイコンテキスト文化の日本人には心が折れそうな作業になる場合もあります。語り続けることが得意であり苦にならないインド人スタッフを教育し、ブランドマネージャー、ストーリーテラーとして権限委譲することも一つの方法です。

経営層が、哲学を語り続ける

そして最後に、最も重要なことを。

インドの人々は、打ち手よりも思想に響きます。マニュアルの遵守を求められるより、「私たちは何者で、なぜこの事業をやっているのか」という哲学に共感したとき、人は自ら動きます。これはインドのビジネス文化の根幹にある特性です。

だからこそ、ブランドは資料で伝えるものではなく、経営層が自らの言葉で語り続けるものでなくてはなりません。現地トップがタウンホールで、ディーラーミートアップで、SNSで、繰り返しブランドの思想を語る。その姿こそが、どんなガイドラインよりも強力なブランドマーケティングの動力になります。

おわりに。ブランドブックの翻訳ではなく、ブランドの翻訳を

製品が強いが故に、ブランドを明示的に運用してこなかった日本側と、変化速度の速い独自の文化文脈を持つインド側、さらには両国ともにブランドマーケティングという概念が未だ浸透していない現状。

さらにこれに追い討ちをかけるように、デジタルの浸透によって、ブランドマーケティングとプロダクトマーケティングの活動が融合していることによる難易度の高さ。

これらの複雑な条件が絡み合う中で、日印間、そして世の中のデジタル潮流の変化とともにブランドを構築しようとすることは、日々難易度が高まる挑戦だと認識しています。

日系企業のインドにおけるブランドマーケティングの難しさは、能力の問題でも、市場の未成熟の問題でもありません。「基準がない」「文化的に読み解けない」「橋渡しの仕組みがない」という3重の構造問題であり、構造の問題は、構造の設計によって解決できます。

必要なのは、ブランドブックを英訳するだけではありません。ブランドそのものを、インドという文脈に翻訳し、浸透するための仕組みを設計することです。

守るべき日本ブランドとしてのコアを定め、インド市場における動かしてよい遊びを設計し、実例で伝え、そして経営層が哲学を語り続ける。この積み重ねが、AIの時代においても「発見され、信頼され、選ばれる」ブランドをインド市場に築いていくことなのではと考えています。

STORYTELLINGでは、日本ブランドの本質を理解する日本人と、インド市場の文脈を体現する現地メンバーからなる多国籍チームで、インド向けブランド戦略の設計から実行までをご支援しています。ブランドの現在地の診断から、お気軽にご相談ください。

著者

STORYTELLING Co-Founder兼CSO(Chief Storytelling Officer)。国際的なローカライゼーションの分野で15年以上、デジタルコミュニケーションの分野12年以上の経験を積み、日本ブランドと海外市場をつなぐことに従事。現在は、インド・中東チームの多国籍チームとともに、日系企業の現地進出をデジタルブランディング&マーケティングを起点に支援する。

著者プロフィール詳細はこちら:https://storytelling-jp.com/trends/author-suguri-mikami/