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なぜ日本企業のSNSはインドで機能しないのか | インド市場ソーシャルメディア 3つの前提差

「後回しのチャネル」という前提が、最初の落とし穴

インド進出のご相談をいただく際、デジタル施策の暗黙の順番はおおむね決まっています。まずコーポレートサイトを英語で整え、次にSEO記事を積み、検索型広告を出し、余力があればSNSアカウントを開設する。日本国内であれば十分に合理的な順番です。

しかしインドでは、この順番がそのまま成果の順番にはなりません。むしろ逆から始まっていると考えたほうが、市場の実態に近くなります。

本記事では、インド市場でソーシャルメディアが置かれている位置を3つの前提差として整理し、そのうえで日系企業が直面する難しさと打ち手をまとめます。

前提差1:情報接触の優先順位が、日本とは逆になっている

インドでは、世の中の情報起点がSNSにある

インドにおいてソーシャルメディアは、企業が商品を告知する場である以前に、政治・社会・カルチャーの議論が実際に発生し、決着する場です。選挙キャンペーン、社会運動、価格や品質への不満、新しい消費トレンド。それらは新聞やテレビより先にSNS上で形になり、そこから既存メディアへ流れていきます。

DataReportalのDigital 2026レポートによれば、2025年10月時点でインドのインターネット利用者は10.3億人、ソーシャルメディアのアカウント数は5億に達しています。母数の大きさもさることながら、重要なのは「そこで何が起きているか」です。生活者にとってSNSは、情報を受け取るための場ではなく、社会を動かす場にもなっています。

一方の日本では、企業情報を調べる主戦場は検索エンジンとWebサイトが主流です。指名検索、比較サイト、公式サイトの製品ページ。SNSはその手前にある認知の補助線として位置づけられることが多くなります。

この差は、そのまま予算配分と社内での優先順位の差となって現れます。

B2BでもB2Cでも、人は複数チャネルを横断しながら決めている

もうひとつ見落とされやすいのが、インドの意思決定がチャネルを横断しながら進む点です。

同じ担当者が、LinkedInで業界の議論を追い、Instagramで企業の雰囲気を確認し、YouTubeで製品の実機動画を探し、WhatsAppで同僚に共有して意見を求めます。この一連の行動は数日から数週間にわたって断続的に続き、最後にWebサイトへ到達したときには、すでに評価の大半が終わっています。

インドのLinkedIn登録者数は1.7億人で、18歳以上人口の16.4%に相当します。日本のLinkedIn利用者は総人口の4.4%程度ですから、B2Bの検討プロセスにおけるLinkedInの重みは、両国でまったく異なります。

これは、当社が別記事で扱った「インドB2Bのカスタマージャーニーは非直線的である」という論点と同じ構造です。Webフォームだけを計測していると成果が見えないのと同じように、Webサイトだけを整えていると、検討が実際に進んでいる場所に参加できていない状態になります。

観点 日本 インド
情報接触の起点 検索エンジン・Webサイト ソーシャルメディア・動画
SNSの役割 認知の補助・話題づくり 社会議論と購買検討の一次メディア
B2Bの検討場所 業界メディア・展示会・Webサイト LinkedIn・YouTube・WhatsApp
LinkedIn普及率 総人口の約4.4% 総人口の約11.6%(18歳以上の約16.4%)
最大規模のSNS LINE・YouTube・X YouTube・Instagram・Facebook
受注までの経路 比較的直線的 SNSを含む7-8チャネルを往復する非直線的経路
※普及率・利用者数はDataReportal「Digital 2026」(2025年10月時点データ)に基づく。

前提差2:インドのSNS行動は、日本よりアメリカに近い

日本は「見る」文化、インドは「話す」文化

前提差の2つ目は、ユーザーの振る舞いそのものです。

日本のソーシャルメディアは、閲覧が中心のメディアとして成熟してきました。ソーシャルメディア支援を手がけるガイアックスは、日本で積極的に投稿する層は全体の1〜2割程度にとどまり、残りは閲覧が中心であると指摘しています。「ROM専」「見る専」という言葉が日常語として定着している事実そのものが、この構造を示しています。

加えて日本では、匿名アカウントが主流です。DataReportalの数字では、日本のXの広告リーチは7,120万人で総人口の57.9%に相当します。世界でも突出した規模ですが、その多くはハンドルネームによる匿名の発言です。

インドはこの点で対照的です。インドのXの広告リーチは2,220万人、総人口の1.5%にすぎません。代わりに規模を持つのがInstagram(4.81億人、前年比+22.9%)とLinkedIn(1.7億人、前年比+21.4%)です。いずれも実名または顔が見えることを前提としたプラットフォームです。

インドのユーザーは、実名でコメントし、意見を述べ、シェアし、企業アカウントに直接質問を投げます。褒めるときも批判するときも、自分の名前で行います。ソーシャルメディアは自己表現と社会参加の手段であり、そこでの発言は職業上のプレゼンスにも直結します。

これはプラットフォーム選定ではなく、「発言に対する構え」の違い

ここで重要なのは、この差がプラットフォーム選定の話ではないという点です。

日本で組み立てられたSNS運用設計は、多くの場合「静かに見ている人」を前提にしています。反応を求めず、議論を呼ばず、炎上しないことを最優先に、告知を淡々と積み上げる。この設計は日本では成立しますが、会話が前提のインドでは「発信していない」のとほぼ同義になります。

コメントに返信のないアカウント、質問に反応しないブランド、テンプレート的な告知だけが並ぶタイムライン。インドのユーザーはこれを、単に「関心のない企業」と読み取ります。

日印におけるSNS比較表

観点 日本 インド
主な利用姿勢 閲覧中心(積極的な投稿層は1〜2割程度) 発言・シェア・コメントが日常
アカウントの性格 匿名・ハンドルネームが主流 実名・顔出しが標準
Xの位置づけ 総人口の約57.9%が広告リーチ圏 総人口の約1.5%にとどまる
伸びているSNS 横ばい傾向 Instagram +22.9% / LinkedIn +21.4%(前年比)
ブランドへの期待 丁寧さ・正確さ・沈黙の安全 反応の速さ・人格・会話
近い市場モデル 日本独自の閲覧型 米国型の会話・実名型に近い

前提差3:ブランドに許された「発言の自由度」が違う

3つ目は、ブランドが取れる振る舞いの幅です。ここが日本企業にとって最も体感しにくい部分になります。

B2Cの事例:Amul や Zomato

乳業ブランドのAmulは、1966年から続く「Amul Girl」のトピカル広告で知られています。政治、スポーツ、映画、社会問題といったその日のニュースに対し、イラストと言葉遊びで即座に反応する形式です。年間250点を超えるクリエイティブを、広告費の1%未満のコストで制作し続けていると報じられています。屋外看板から始まった手法は、現在はInstagramのリールまで含めて展開されています。

フードデリバリーのZomatoは、皮肉と短さと共感を武器に、都市部のミレニアル世代・Z世代に向けた独自の話し方を確立しました。企業アカウントが「面白い人」として振る舞うこと自体が、指名想起につながっています。

両者に共通するのは、ブランドが立場を取り、その日のうちに反応し、笑いを取ることを許されているという点です。

B2Bの事例:Godrej ── 128年の重工業グループが、実名で語っている

B2Bでも構造は変わりません。むしろ、日系の老舗メーカーにとって最も参考になるのはこちらです。

Godrejは1897年に錠前の製造から始まったインドの老舗グループです。現在のGodrej & Boyceは、精密加工、航空宇宙、原子力、防衛、産業用物流、重工業機器、プロセス機器といった領域を手がけています。創業から120年以上、産業財を軸に事業を広げてきた構造は、日本の老舗製造業とほとんど同じです。

そのGodrejが、LinkedInをどう使っているか。グループ本体のアカウントは30万人以上のフォロワーを持ち、化学品事業(Godrej Industries Chemicals)という完全なB2B単位のアカウントですら10万人規模のフォロワーを抱えています。

注目すべきは、その中身です。会長のNadir Godrej氏は自身の考えを綴る連載を企業アカウント上で継続的に発信しています。事業会社のCEOが業界カンファレンスで登壇する際には、その人物名を明示した投稿が出ます。Godrej Consumer ProductsのNisaba Godrej氏をはじめ、経営陣それぞれが自分の名前で発信を持っています。

つまり、企業アカウントであっても主語が会社だけで完結していません。会社の中にいる特定の人物が、名前と立場を明かして語り、その積み重ねが企業の信頼として蓄積されています。LinkedInの登録者数が1.7億人規模に達し、なお年20%以上のペースで伸びている背景には、この「人が語る」文化があります。

B2Gの事例:行政そのものがSNSを一次発表チャネルにしている

インド市場を語るうえで外せないのが、行政・政府のコミュニケーションです。インド進出は、州政府の産業誘致部門、工業団地の当局、規制当局との関係構築を必ず伴います。その相手側が、SNSをどう使っているか。

ナレンドラ・モディ首相のアカウントは、Xで1億人超、Instagramで1億人超(2026年2月時点で現職の国家指導者として初)、YouTubeで3,000万人超の規模を持ちます。いずれも世界の政治指導者として最大規模です。ここで政治的な評価をする意図はありません。押さえるべきは、インドでは国政レベルの発信が、報道機関を経由せず直接届く構造がすでに完成しているという事実です。

同じ構造は州レベルでも機能しています。2026年1月のダボス会議では、マハラシュトラ州が初日だけで19件、総額14兆5,000億ルピー規模の投資MOUに署名しましたが、その締結内容は州首相および州首相府のXアカウントから、企業名・投資額・雇用創出数・対象セクターまで含めて即日発信されました。

日系メーカーにとってこれは他人事ではありません。州政府とMOUを結ぶということは、その事実が数時間以内にSNS上で公開され、現地メディアと業界関係者がそこを一次情報として参照するということです。自社のアカウントが機能していなければ、自社に関する最初の発信が、自社以外の主体によって行われる状態になります。

ただし、自由度は無制限ではない

一方で、インドのSNSには日本と比較にならないほど鋭利な地雷もあります。宗教、カースト、政治、地域言語、国境問題。これらへの不用意な言及は、Amulの即応性を上回る速度で拡散し、修復が難しい事態を招きます。

とくに外資企業の場合、政治的な話題に対しては、賛意も批判も等しくリスクになります。Amulのようなインド国内ブランドに許されている時事への言及を、そのまま日系企業が模倣することはできません。行政の発信に対しては、当事者として関わる範囲(自社のMOU、自社の投資、自社の雇用)に限定して発信するのが実務上の基準になります。

自由度が高いということは、判断を要する場面が多いということでもあります。どこまで踏み込み、どこで止まるかの線引きは、運用開始前にガイドラインとして定めておく必要があります。

日本企業がインド市場でSNSを活用する難しさ

ここまでの3つの前提差を踏まえると、日系企業が直面する難しさは次のように整理できます。

難しさ1:優先順位の設計が、日本のまま持ち込まれている

SNSを「Webサイトが完成してから着手するもの」「予算が余ったら回すもの」として設計してしまう構造です。

インドではSNSが検討の入口であり議論の現場ですから、後回しにした時点で、意思決定が実際に進行している場所に不在ということになります。予算配分の議論以前に、社内での位置づけの問題です。

対策としては、SNSを個別施策のひとつではなく、コーポレートサイトと同格の「ブランドの接点」として、設計段階から組み込むことが出発点になります。

難しさ2:オーディエンス観の捉え直しができていない

日本の運用感覚をそのまま持ち込むと、「静かに見ている人に向けた告知」の設計になります。しかしインドで待っているのは、コメントし、質問し、意見を述べる人たちです。

ここで起きるのが、投稿はしているのに反応が積み上がらない状態です。コメント欄が放置され、DMへの返信が遅く、質問には定型文しか返ってこない。会話を前提とした市場では、これは運用していないのと同じ扱いを受けます。

対策としては、投稿の制作体制と同等かそれ以上に、コミュニティ運用(コメント返信、DM対応、UGCの拾い上げ)の体制設計が必要になります。現地チームによる一次対応と、日本側へのエスカレーション基準の切り分けが、実務上の鍵になります。

難しさ3:「誰が語るか」の設計が、そもそも存在しない

日本企業のSNSは、原則として法人格が語ります。主語は会社であり、担当者の名前も顔も表には出ません。属人化を避け、担当交代に耐える設計としては合理的です。

しかしインドでは、この「主語が会社である」状態が、そのまま信頼の弱さにつながります。Godrejの例が示すとおり、129年の歴史を持つ重工業グループであっても、語っているのは名前と立場を持った個人です。誰が責任を持ってその言葉を発しているのかが見えないアカウントは、丁寧であっても記憶に残りません。

日系企業にとってこれが難しいのは、「トップを出せばいい」という話に還元できないからです。日本本社の経営層は英語、顔出しでの発信に慣れておらず、インド法人のトップは駐在期間が限られ、現地のマネージャー層は社外発信における自由度ある権限を持っていません。語れる人が組織上どこにも配置されていない、という構造的な問題です。

対策としては、現地法人のカントリーマネージャー、技術責任者、あるいは現場のエンジニアといった「語る役割」を明確に設計し、発信の権限と支援体制(原稿支援、撮影、公開前チェックの範囲)をあらかじめ定義しておくことが有効です。

一般的なSNS運用とSTORYTELLINGの違い

観点 一般的なSNS運用代行 STORYTELLINGのアプローチ
位置づけ Web・広告に付随する施策 デジタルブランディングの主要接点として設計
設計の起点 投稿カレンダーの作成 誰が・誰に・何を語るかの定義
発話主体 法人アカウントのみ 法人+個人(経営層・現場)のハイブリッド設計
コンテンツ 日本本社素材の翻訳 現地文脈での再設計(翻訳ではなく伝える)
運用体制 投稿の代行 現地チームによる会話運用+日本語レポート
リスク管理 炎上が起きてから対応 センシティブ領域ガイドラインの事前整備
評価指標 フォロワー数・インプレッション メンタル・アベイラビリティへの寄与と商談貢献
本社報告 英語レポートの転送 日本側の意思決定に使える日本語レポート

まとめ:難しいが対策はある

インド市場でソーシャルメディアが難しいのは、プラットフォームの操作や投稿頻度の問題ではありません。

情報接触の優先順位、ユーザーの発言に対する構え、ブランドに許された自由度。この3つの前提が日本と異なるため、日本で最適化された設計をそのまま持ち込むと、丁寧に運用しているのに何も起きていない状態が生まれます。

「アカウントは開設したが動いていない」「投稿しているが反応がない」「本社に成果を説明できない」。こうした課題があれば、まずは現状のアカウント診断からご相談ください。

STORYTELLINGは、クリエイティブとテクノロジーを統合したデジタルブランディング会社として、日本とインドの両視点から、御社のブランドがインド市場で「その企業らしく」認識される状態をつくります。

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著者

STORYTELLING Co-Founder兼CSO(Chief Storytelling Officer)。国際的なローカライゼーションの分野で15年以上、デジタルコミュニケーションの分野12年以上の経験を積み、日本ブランドと海外市場をつなぐことに従事。現在は、インド・中東チームの多国籍チームとともに、日系企業の現地進出をデジタルブランディング&マーケティングを起点に支援する。

著者プロフィール詳細はこちら:https://storytelling-jp.com/trends/author-suguri-mikami/